Sunday, February 13, 2011

差別の結末


2006の夏にアメリカ合衆国ホロコースト記念博物館で働いた。現代のジェノサイドの知識を広げるような活動に参加した。ルワンダ虐殺カンボジア大量殺戮アルメニア虐殺についてよく習った。この歴史を研究しながら、「どうして人間はその獣のような犯罪が出来たのだろうか」と熟考した。研究の最中で、Jean Hatzfeld の「Machete Season」を読んだ。ルワンダ虐殺の加害者の心理状態を分析するような本だ。Hatzfeld 氏は十人の加害者をインタビューした。自分の行動について直面させられた時、多くの加害者たちの反応は自分たちがしたことを認めないというものだった。しかし、間接的に加害者は内の考えを示した。加害者の心理から見ると、被害者はだった。戦争中ルワンダにフツの加害者に対してツチの被害者は人間以下の悪人だった。例えば、被害者をゴキブリと呼ぶことがよく起った。こう考えると、隣人を殺す命令に従うようになる。これは差別の結末だ。他の人間をゴキブリのように殺せる程バリアを作った結末だ。

一方で、差別の反対は何だろうか?ロメオ・ダレールの経験について話したい。ダレール氏は元カナダ軍中将だ。ルワンダ虐殺が行われた際、国連の平和維持軍の司令官だった。かつて、ダレール氏は私の大学でルワンダの経験について発表し、自分の経験について反省する講義だった。ダレール氏はものすごく良心的な人だ。ルワンダ人を守りたかったけれど、国際社会から、それを実行する術をもらえなかった。できるだけ平和を維持しようとしたが、それでも虐殺を行ってしまった。深く心理的に傷ついた。2000年に自殺未遂をした。その後、ジェノサイドについての知識を広げるように精力を捧げた。

その講義にこの報告をした。ダレール氏はカナダ人の平和維持部隊とルワンダを見回ったところ、ツチの女性団を偶然に見つけた。 その女性達は掘に横たわっていた。マチェテ(刃物の種類)で切られ、瀕死状態だった。ダレール氏は何も言わず、部隊は堀に飛び込んでそれらの女性を世話した。これは国際連合平和維持活動の命令に反していた。医療訓練の無い部隊はその人を救えなかった。その上、血だらけの堀にはAIDS感染の危険がものすごく高かった。それでも、どうしてこの部隊は堀に飛び込んだのだろうか。

その女性達は人間だったからだ。しかも、その人間はマチェテで殺されて、孤独に死にかけていた。その地獄を想像できるだろうか。カナダ人の部隊にとって一生の最後の瞬間を慰めることに比べて、AIDS感染の危険は重要ではなかった。その部隊はそれらの女性たちを自分の家族のように扱った。私たちは同じことができるだろうか。

2 comments:

  1. 個人的な経験をトピックとよく混ぜたことがよかったと思います。Mark Caprioという立教大学の先生の本, Japanese Assimilation Policy in Koreaの第二章に沖縄人と北海道の人を日本人化する過程がありますけど、多分日本での差別の歴史について分かることに手伝うと思います。

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  2. 本当に面白くて、啓発がたくさんあるレポットですね!最も面白いのは、もちろんクレイさんとジェミさんが自分の経験を述べて、とても独特な説明ができます。見なかった情報がいっぱい挙げて、自分の経験と理論の参考がいっしょに見せて、私にとって、説得力が十分あります。そして、その「差別」という概念を字として分けて定義を説明したのはとてもいい書き方と思います。

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