子供の頃、私の父親は外交官の仕事をした。十歳になる前にワシントンD.C.、インドネシア、エチオピアとハワイ州に住んだ。この四つの社会はものすごく異なったが、すべて多民族社会だった。ハワイに私の小学校同級生の祖先は様々な国から来た。インドネシアで私たちの料理人はキリスト教だったけれど、毎朝イスラム教のアザーンで目を覚ましていた。エチオピアに住んでた時イデオロギーによる内戦が激化した。二十歳になって、出生証明書をとるように出身地のワシントンD.C.の保健社会福祉署に行った時100名以上の客の中に白人は二人しかいなかった。ここにさまざまな人たちが隣に住んでいた。たまにこの多様な社会に暴力が起ってきたが、たいてい民衆は平和的に異邦人と共に暮らした。
私は大人になるにつれ、この色々な社会がどんな手段で民族乱暴を避けるようにするかについて考えてきた。従って、私の歴史研究は国際、民族交流を中心にしてきた。現代こそ、この課題を取り組まなくてはいけないと思う。科学技術の進歩が続くにつれて他人との絆が強くなってきた。現代の世界的な社会はどう差別を根絶して、人々の間の知的壁を倒そう?

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ReplyDeleteすごく面白い生い立ちですね! 最近、翻訳の理論をよく読んでいるから、「cultural essentialism」や「differentiation」という複雑な問題の広播性に対してどんな実用的な解決があるかと困っている。差別の起源と特別支援教育を研究して、発表するのプロジェクトは差別を根絶しに着くのために、とても有効な対策だと思います。
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